2017年04月28日

若い人をみて自分をふりかえる

うちから行った方が近いという理由で、昨日の夜ここに一泊して今日の仕事先に向かった息子。
夜も今朝も、プレゼンテーションの練習を部屋でしていた。
仕事 ちゃんとしてるんだ。 

夜ごはんと朝ごはん出しただけだけど、そんなに遠くないところに住んでいることはありがたいなと思う。
たいして話をする時間はなかったけれど、聞けば息子の彼女は明日からイタリア旅行に行くらしい。ばたばたと朝送り出したあと、私は若い時いったい何してたんだろうとふっと思ってしまった。
ちゃんと日々を充実させて生きていたんだろうか。

あー、若いっていいな。
厳密には若い事がうらやましいのではなく、すること、したいことがたくさんあって、毎日忙しく過ごしている人がうらやましい。自分のしたいことをみつけて、それに時間を使っている人がうらやましい。年じゃなく、自分に自信のある人かな。いったいいつからこんな引きこもりになったんだろう? と思う。

若い日の私をみて、同じようなことを思った人もいたんだろうか・・・

人生も後半になるといろいろ思うね。健康であることが一番の願いなのは、その先に、もしかしたらまだ私にも何かできることがあるんじゃないかと思うからなんだろうね。それは妄想だけれど。明るいものなら良しとして・・・。体もそうだけれど、頭のほうもぱっぱと考えを進められないようになってしまったみたい。気持ちだけは若くいたい とよく言うけれど、本当にそうだ。こうありたい! と思う自分の願いが何にもなくなってしまったら、たぶん生きていけない。

写真の見せっこ(なんか変な言い方?)をしている友達も、ちょっと年をとったなと思う。昔のように毒舌ではなくなってるように思うから。小気味よい毒舌が私はずっと好きだったのかもしれない。ほとんどの物事を大らかに認めるような発言は若い頃とちょっと違うぞ〜!昔から根底には優しさがある人だったけれど、でもそれを素直には言わなかった。だけど、最近は間違いなく素直な発言になってきている。心地よくもあるが、年取ったのかな?とも感じるね。まあ、余計なお世話だろうけれど。
今のところ、お互いの写真を褒め合ってるって感じ。
まあ、それでもいいんだ・・・。

この先どうしようか。
掃除が答えを出してくれるように思っていたけれど、またやる気がちょっと失せかけてる。
結局捨てられないものがまだ多すぎる。
それでも変化はあって、日々の生活で物を増やさないということは確実に身についてきた。だから未来(のモノ)は増えない。だけど過去(のモノ)をどんどん捨てないと!!
こんなふうにしていて、明日 私が消えてなくなるかもしれないのに。

人に気持ちを残すことも本当はやめたい。でもそれは難しいから、せめて物に気持ちを残したくない。どんなものも手放せるようになりたいと強く思ってるのに現実にはできずにいる。
私は本当に中途半端なんだ。

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今年はうちの紫陽花の成長が遅い。
まだつぼみ。去年の今頃はもう咲いていたはず。ということは何かが違うってこと。
元々花が好きというタイプではなかったけれど、
逆に、むきになって嫌いなんだと主張する意味もないことを知ったね。
そうこうしていると 意味のあることって何だ?

例えばここに今まで書いてきたこと。英語しか読めない息子は当然読めないし理解できない。もちろん息子に読ませるために書いたわけではない。だけど、自分の子供なんだけど、私の書いたものを理解できないなんて、よくよく考えてみると残念だよね。ひょっとしたら悲しいよね。
子供にメモを残すなら、英語で書かないとならないなんて・・・。

考えが取っ散らかってる。
また、そろそろ私は掃除に専念しないといけないのかも。

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私もイタリア行きたいなー。
posted by Y at 03:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする