2017年03月01日

友達について

一時期 親しくしていた人でも、つきあいが終わることがあります。

私の場合、
押し付ける人、それが一番合わない人。
簡単に約束する人。そしてそれを簡単に反故にする人。 それが一番きらいな人。
しつこい人。 それは無理。

長く続いている私の友達は、みんな、最後の最後のところで相手を尊重する人。
人の気持ちにズカズカと押し入らない人。
必要であればそっと引く人。
自分の生活を大切にしている人。
長い付き合いであっても、一定の距離を保ち 親しき中にも礼儀あり がある人。
私もそうでありたいと思う友達の形です。

私には そういう友達が、ありがたいことに何人かいます。
私が今日まで生きてきて幸せであると言えることのひとつ。辛い時に支えになってくれた人たちです。

友達に関する価値観であれ何であれ、人それぞれだから、私の思うことは私個人の考えです。
それが正しいとか そういうことを言いたいのではありません。

自分と関わる人を大切に思うなら、友達であるなら、どこかで気持ちの折り合いをちゃんとつけて つきあいを続けていく努力を双方がすることになります。人と関わる時、無意識の中でも、たぶん人間は色々なことを天秤にかけて気持ちの釣り合いをとっていると思います。日々、よりバランスよく関われる人を探しているのかもしれません。大人になれば、子供じみた行動はだんだん取れなくなるし我慢もします。トラブルもできれば起こしたくないと思うのが一般的なこと。だいたいはうまくいきます。

それでも、例えば友達と思ってつきあっていた人がいたとしても、違和感を感じるようになったら・・・。
押し付けられるだけ、我慢するだけ、と感じるようになるなら、もう既に適切な友達関係ではないと思います。それは相手が悪いと言いたいのではなく、そういう状況を改善しようとする気持ちになれなくなった自分が、もう相手から離れてしまっているということです。
考えないとならないのは、自分のことです。

思うようにならない相手を 攻撃したり、ねたんだり、そういう子供のような行動にでる人がいました。
それは、その人の本質ではなく一時的な感情かもしれないし、それがその人の全てではないし、良いところも十分に知っていたとします。それでも、見せたら、あるいは口に出したらお終いだということがあります。根本のところが自分と全く違うことに気がついてしまったら、友達つきあいを続けることは難しくなります。

そしてタイミング。
ちょうど1年くらい前に、もうこの人とはやめよう と決めました。
それまでの長い時間を考えてみると、その時々で良い思い出がなかったわけではありません。感謝すべきこともありました。でも、ずっと何かしらの違和感があったことも事実で、とても面白い人ではありましたが、繰り返される不快な態度に(私がそう感じただけであっても)、だんだんに存在を重く感じるようになりました。お互いの周りの環境の変化もあります。シンプルに考えれば、人の気持ちが移ろうのも仕方ないこと。
私は距離をおき、最初は そのままそっとやりすごしていくつもりでいました。何が理由でおかしくなっていったのか。それは、それぞれの考える友達のあり方だったのだろうと思います。

私は言いたいことを言っているようで、実はおかしな気を遣っていたし、共通するところにあった面白いと思えた「何か」は消えて、今後もつきあっていきたいという気持ちは時間とともに確実に薄れていきました。私が彼女に望んでいたのは 一言で書くなら 誠実さ かな。信頼できる人であってほしいということですが、それは私の一方的な思いです。彼女が誠実ではなかった と言い切ることも本当はできません。ただそれだけのこと。
相手を他人が変えることはできないし、あるいは相手に合わせるとか、あるいは気持ちを伝えていくとか、つきあいを良いものにしていくという努力をする気持ちにはなれず、私の思うところの友達ではないという答えに最後は行きつきました。つまり、私の気持ちが離れてしまったということです。
向こうも同じように、一方的な思いがかなわない と感じていたかもしれません。お互い様で。
"友達" と言う言葉にあまり重きを置いてしまうのも考え物ですが、彼女も、本当のところは私と同じように、私を友達だとは思っていなかったのだろうと思います。

ここまで書いて、なんだか 友達というより恋人とか好きな人(異性)の話をしているような内容とも似ていることに気がつきました。何であれ 何が正しいとか間違っているとかいうことではなく、だめになる友達関係はあるということです。

「嫌いです。さようなら。」なんて言う人は まずいません。
たいていの人は察します。そして離れていくことになります。

最終的にはそんな形でした。
最後の最後に切ったのは、私なのか相手なのか、相手を傷つけたのか、私が傷ついたのか、そこらへん全てひっくるめてしばらくの間は時々思い返し考えることもありました。良い意味での腐れ縁と捉え、ダラダラすることもできたのかもしれません。実際にそういう時間が最後にはありました。でもそれは明らかに間違いでした。
1年過ぎて今思うことは、これで良かったのだということです。相手も 無駄に私に関わるのではなくて、自分の時間を他の大切なことに使うべきだし、私は気持ちが軽くなりました。
例え 一時期 "お友達" だったとしても、それは永遠のものではないということ。終わり がくることもある。
それ以上でもそれ以下でもないのだと思えるようになるには少し時間がかかりましたけれど。
私も反省し、お互いの残りの人生を、それぞれ大切に生きていきましょう。ということです。

人生の店じまいには、物だけでなく人間関係も店じまいしないとならないことがあるのだと思います。
ほんとうに まれに ですが・・・
縁がなかった ということで。 

相手が離れていくこともあります。
ならば、
積み重ねの結果ですから、心穏やかに受け入れる以外に他はありません。


友達が数人 続けて亡くなったことも
"友達" を考えるうえで私に大きな影響を与えました。

逆に言うなら、大切な人との縁は努力してつなぎとめないといけないのかもしれません。

今の私が想う 大好きな友達。
今のままずっと大好きでいたい人たち。
それでも私にわかるのは、私の気持ちだけなのです。

Life is short.
Do stuff
That matters. 

物の片づけをすることは、そういうことにも考えが行き着くことになりました。
posted by Y at 06:38| 日記 | 更新情報をチェックする